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大阪家庭裁判所 昭和44年(少)274号 決定 1969年2月20日

主文

本件を大阪市中央児童相談所長に送致する。

理由

第一、大阪市中央児童相談所長からの本件通告事由の要旨は「少年は大阪市立○○○○中学校三年生であるに拘わらず、昭和四三年九月中旬ごろから○○○○(当一八年)と知り合い肉体関係を結んでいたが、同年一〇月二九日保護者の監護を嫌って家出、○○の勤め先である大阪市大正区○○○○○丁目○○番地○○○○株式会社作業場内で同人と同棲生活を営んでいた他、同年一一月一四日同人が就労中左手を負傷した為入院加療中の同市同区○○○○○丁目○○番地○○外科病院において、同日から同月二八日まで同人を看護していたものであって、少年は少年法第三条第一項第三号に該当する虞犯少年である」というのである。

第二、一、よって審按するに、当審判廷における少年および保護者○○○○の各供述、司法警察員に対する少年および○○○○の各供述調書、司法巡査作成の「家出女子中学生と同棲していた少年の調査結果について」と題する書面によると、つぎの事実が認められる。

少年は大阪市立○○○○中学校二年生であるが、昭和四三年九月二〇日ごろ知人の○城某の紹介で○○○○(当一八年)と知り合い交際するようになった。少年は次第に○○に魅せられるようになり、同年一〇月一〇日肩書帰住地附近のバラック小屋の中で同人と接吻や性交をしたのを契機に、その後は大阪市○○区○○○○○所在の同人の宿舎に往々尋ね行き幾度となく性的関係を結んでいたところ、遂に同人と将来結婚の約束までし、同月中旬ごろ、同人と結婚させてくれるよう実父○○○○に懇請し反対されたこともあり、同月二九日からは同人の勤務先である同市同区○○○○○丁目○○番地所在○○○○株式会社作業場内に些少の隙間を作り、蒲団を持ち込んで敷き、同年一一月一四日まで同人と寝泊りして肉体関係をしていた。偶々、同日同人が左手を負傷し、同市同区同○○丁目○○番地の三○○外科病院に入院加療することになったので、少年は叔母○○○○子(同市同区○○町)に宿を借りつつ、一方では○○の看病の為同病院に通院して付添い、他方同市同区○○○○町○○通の某お好焼屋で二週間程給仕をして働いていたもので、同人と知り合ってからは殆んど○○○○中学校を欠席勝ちであった。なお、少年は妊娠していた為、同年一二月ごろ○○の出費によりその中絶手術をしている。その間実父○○○○からは外泊や○○との関係については再三の注意を受けていたに拘わらず、少年はこれを聞き入れようとしなかった。

二、以上のとおり少年は保護者の正当な監督に服しない性癖があり、正当な理由がなく家庭に寄り附かないので、少年法第三条第一項第三号イおよびロに該当する少年であるといいうる。

第三、そこで、以下同号本文の虞犯性即ちこの少年が性格又は環境に照して将来罪を犯す虞があるかどうかにつき判断する。

惟うに、少年法が国親的思想にのみ立脚するものであれば格別、刑事政策的犯罪予防的見地にも立脚するものであれば、少年法としては犯罪を犯し若しくは犯そうとする危険性をもった少年を対象とし、これに対して将来犯罪を犯すことのないように改善矯正手段を加えその健全な育成をはかるべきものであって、そのような危険性を持たないいわゆる放任少年、要保護少年と犯罪少年、触法少年、虞犯少年とは厳密に区別されなければならない。前者のような少年を取扱うものは云うまでもなく児童福祉法であるが、同法は広く要保護性のある少年を対象としてその福祉行政の面に重点が置かれて運用されるべきものである。そこで、少年法が虞犯少年の要件として虞犯事由と並んで虞犯性を掲げたのは、まず(イ)児童福祉法との管轄分野を明白にし、(ロ)犯罪予防的見地に立った制度であることを明らかにする為、(ハ)強制力行使について虞犯事由と相俟ち正当化の根拠を支える為の三点にその理由があると考えられから、その要件については強制力を加えることが是認せられる程度に具体的な判断が、即ち如何なる性格環境等に照らして将来如何なる罪を犯す虞があるかが具体的に検討されるべきであって、一般的抽象的に何らかの罪を犯す虞れがあるというのでは足りない。

一、そこで少年の当審判廷における供述、司法警察員に対する供述調書、少年調査票、鑑別結果通知書により少年をとりまく環境および性格について検討する。

(一)  家庭は実父○○○○は日雇い屑鉄拾い等の職を転々とし、経済的に不安定で困窮した生活を送ってきており(最近は漸やく安定してきているようである)、教養なく、短気で頑固、自己中心的非社会的で人の立場を理解することが出来にくく、少年に対してもゆっくり話し合うことなく、すぐかっとして棒で殴ったりなげやりな態度を示す。実母○○○○子も教養なく、自身貞操観念薄く、少年を正常に育成する能力に欠け、口では如才ないことを云うが親身な態度が見られない。易者から少年の実弟○○の方が将来大物になると告げられて迷信し、少年よりも実弟の方を偏愛し、又義姉○○(実母の連れ子)を少年と比較してよく云い、酒を飲むと少年の悪口を外に出て云いふらす。実父母共酒飲みで少年が幼いころ実父母はよく酒を飲んで物を投げ合ったり、殴り合ったり取っ組み合いの喧嘩をした。少年はいつも放任され、両親の気分次第で叱られ、一貫性のある躾や訓練を受けていない。総じて親子の連帯感、親密感は薄い。少年はかような家庭環境の下で育った。

(二)  従って、少年は両親の結婚については仕方なく生活の為に一緒になったのだ、両親の取っ組み合いの喧嘩については情ない、などと両親に批判的であり、かような家庭に対する不満から少年自身葛藤をもち、これを○○○○と交際することに救いを見出していたものである。

少年は○○との関係については愛情で結ばれていると思い込んでおり、これが同人に修学旅行の土産としてガスライターを贈ったり、同人の怪我の治療に付添って看病したり、同人との結婚を実父に懇請するなどの行動にあらわれている。

(三)  少年の家庭に対する不満は、対人関係にも影響を及ぼし、不信感が強く、警戒的態度をとり、出来るだけ目立たないようにし、自ら求めること少く気軽に周囲と接して協調して行くことが出来ない。周囲に対する被害感が強いだけに、自分の思うような行動が出来なかったり、周囲から注意や叱責などがあると、自分に対する攻撃、圧迫として受け取り、感情的な反撥を示し易い。

二、(一) そこで、上記少年の行状、環境、資質を社会倫理的観点から検討すると、少年は満一五年で婚姻年令にも達していず(民法第七三一条)、精神的には未熟であって、○○との交際殊に前掲作業場内での同棲生活や性的関係を結び妊娠していた事実は先の見通しも持てない誠に無思慮で浅薄な行動と評価されても致し方なく、少年は中学校三年の学童であって義務教育未修了者であるから、保護者の適切な監督に服し、その在籍する中学校には常に登校し就学すべきであって、格別の理由がないに拘わらず就労したり、異性に惹かれたりなどして学業を疎そかにすることは、学童に対して要請されている生活規範に背反するものと評価されて然るべきものがある。

(二) 然し、倫理的価値評価的立場を離れて、刑事政策的犯罪予防的見地に立ってこれを検討すると、少年の怠学等はいずれも○○との関係が基因するものであって、少年は特定の男性である○○に対しては、幼稚ではあるが可成りの愛情を傾けていることは事実であり(享楽のため愛情もなく不特定多数の異性と性的関係を結ぶいわゆる不純異性交遊とは型態が異なる。少年が○城某その他不特定多数の異性と性交した事実を認めるに足りる証拠はない。少年調査票にそれに副う記載部分があるけれども未だ合理的疑いを超える程度には証明され得ない。)、この両者の関係が将来社会倫理的に是認される両性の関係に発展するのか、次第に感情もさめて疎遠なものとなるのか、少年が○○からの愛情の拒絶に遭遇して自棄的になるのか、又、それが因で一層堕落した売春生活を送る様になるのかは、いずれも未知数であって数多い可能性の一つであり、又、少年の金銭的欲求も強くなく、その欲求に対してもお好焼屋で働くなど一応非行即ち犯罪に対する適応機制を示しているといえるし、このことから直ちに少年が近い将来窃盗その他の刑事法所定の犯罪や売春防止法違反の行為に出る事を高度の蓋然性をもって予測することは出来ない。即ち、少年は社会倫理的には逸脱した非社会的少年であると云い得るが、未だ犯罪を犯す危険性をもった反社会的少年であるとは云い得ない。上記少年の資質(本項一(三))をみても犯罪に直結するほど決定的な要素は見出し得ない。

第四、以上のとおり、本件については虞犯性を認定することが出来ないので少年を保護処分に付することは出来ないけれども、少年の家庭環境、資質、行状等を考えると、第三項二(一)記載のとおりその福祉のためにはこれを放任出来ない事情があって、少年を保護者に監護させることが不適当であると認められるから、これを児童福祉法の規定する措置に委ねることとし、少年法第二三条第一項第一八条第一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 宗哲朗)

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